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古きところどころ
まく、はた、名だたる
と、このもかのもに馳せめ
五月雨のはれなむ頃ほひ、この
筑摩の郡に来て、むかしかたらひし
とへば、世をはやうさりてなきが多かり
ば、 ありつるひとりふたりにこととひかはし
いざ、ことかたにおもふ折しも、可児永通て
ふ医師の、あが宿に、たびごろもうらぶれや
すめよなど、 夏野の草のねもごろにいへれば、
いざ、 ひと日ふつかもありなむと思ふほどに、
木曾の麻ぎぬあさからず、諏訪の海のふかき
なさけに、なにくれと、引く網のめやすう馴
れむつび、ここらの友どちの円居に、かたら
ひなづさひて たびの空のくもらはしきここ
ろもなう、月日のうつるもしらぬに ふる里
第4講
『来
諸国の古い神社に
名所をすみずみまで見た
夏、梅雨も終わろうとする時
て来て、昔仲のよかった友人を訪
た人が多かったので、生きている一人
違う場所に行こうと思っていた矢先に、 可
私の家に旅の疲れを休めに滞在してくださいな
夏草のよう 重ねて親切に言ってくれたので、それ
日も泊めてもらおうかと思っていた に、木曽の麻ぎぬ
に浅くはない、諏訪の湖のように深い親切なもてなしに、何
につけて
漁師の引く網の目のように心安く馴れ親しんで、多
くの友達の親しい集まりに、話がはずみ馴れ親しんで 旅の空
の憂鬱な気分もなくて、月日 たつのもわからなかったが、そ
のうちに故郷のことがしきりに気にかかって、まだ見ていない
場所に心残りはあるものの、この土地への未練はい さら言う
に及ばず、幼い子供や、軒下の敷石で餌をつつく鶏や、門口




