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も知らず、 見ゆるごとに額
むるわざをなむせら
て、四五両月を数へた
条よりは南、九条よりは北
朱雀よりは東の路のほとりなる
四万二千三百余りなむありける。い
その前後に死ぬる者多く、また、河原、
西の京、 もろもろの辺地などを加へていはば
際限もあるべからず。いかにいはむや、七道
諸国をや。崇徳院の御位の時、長承のころと
か、かかるためしありけりと聞けど、その世
のありさまは知らず、まのあたりめづらか
りし事な 。
後に死んだ
の他の郊外まで
して、畿外の諸国ま
か。崇徳院の御在位のと
な例があったと聞くが、その
たこのこと(=養和 飢饉)は、
ない。




