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 「されど、さやう

限りにて、亡き跡まで

人見聞き伝ふることなきこ

男も女も、管弦の方などは、そ

すぐれたる例多かれど、いづらは末

の音の残りてやは侍る。

歌をも詠み詩をも作りて、名をも書き置き

たるこそ、百年千年 経て見れども、ただ今

その主にさし向ひたる心地して、いみじくあ

はれなるものはあれ。

さればただ一言葉にても、末の世にとどま

るばかりのふしを書きとどむべき、とはおぼ

ゆる。

繰言のやうには侍れど、つ もせず羨まし

くめでたく侍るは、 大斎院より上東門院、

『つ

れづれ慰みぬべき物語やさぶらふ』と尋ね参

 「そうだけど、そ

音楽の誉れは

、自分が生きている

間だけのことで、亡き後

ることがないのは残念です。

そのときにおいて優れているとい

のどれが後世 その音が残っているで

いや残ってい

ないでしょう。

歌を詠んだり、詩を作ったりして、

その作者として

名前を書

き置いたものは、百年千年を経て見るけれども、現

に面と向かっている感じがして、 たいそう感銘の深いも

それだから、たったひとつの言葉でもよいから、後世にま

伝わるようなものを書き残したいと思われるのです。

愚痴のようではございますが、尽きることもなく、うらやま

しくすばらしく思われますのは、大斎院から上東門院に 『退

屈が慰められるような物語はあり すか』と、お尋ね申し上げ

なされたときに、

上東門院は

紫式部をお呼び出しになって、

『何

を差し上げたらよいかしら』と仰せになっ ところ、

紫式部が

第5講『無名