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思ひ続くれば、や
まこと少なく、あだな
思ふ人もやあらむ。日の本
戸開けし時より、四方の神たち
詞をはじめて、世を治め物を和らぐ
かだちとなりにけるとぞ、この道の聖た
ちは記し置かれたる。
さても又、集を撰ぶ人は例多かれど、
二度勅を承けて世々に聞え上げたる家
は、類猶ありがたくや有けむ。其跡にし
もたづさはりて、三人の男子共、百千の
歌の古反古どもを、いかなる縁にかあり
けむ、預り持たる事あれど、道を助け
よ、子を育くめ、後の世を弔へとて 深
き契りを結び置かれし細川の流れも、故
なくせきとゞめられしかば 跡弔ふ法の
思い続けてみると
ごとに過ぎないと思って
開かれたときから、四方の神
お歌いになった
舞楽の言葉をは
じめとして、
和歌というものは
世情を安定させ万物を調和させる
段となるものであると、和歌の名手た
それはそうとまた、
勅撰和歌集
の撰者となる人は、その例は多い
けれども、
同じ人が
二度までも勅命を受けて、その時その時の朝廷
に撰集を奏上した家は、やはり例がめったになかっ
そ
ういう定家・為家という名誉ある人々の家柄
のあとに私が関係をし
て、三人の男の子たち、数多くの歌の古い書き物を、どうい
であったのだろうか、受け継 で持っていることがあるが、 「
和歌
の道
を
盛んにするために
力を添えてほしい、子どもを大切に育てて
くれ、自分の後世をとむらえ」と言って、
亡き夫の為家が
しっかり
した約束を結んでお残しなさった細川の荘園が、何の理由もなく横
取りされたので、
亡夫の
後世を弔う仏前の灯明も、
歌道を
守り家を
助けていこうとする
私たち
親子の命も、両方ともどちらが早く消え
第2講
『十




