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八条の女院に木工
り。ある暮れがた、土
て申しけるは、 「中将殿の
候ひし、木工の右馬允と申す者
八条の女院に兼任の身にて候ふなり
も中将殿の御供つかまつるべう候ひつれ
も、弓のもとすゑをも知り候はねば、 『ただ
なんぢはとまれ』と仰せられ、西国へは御供
つかまつらず候ふ。なじかは苦しかるべき。
御ゆるされ候へかし。夕さり参りて、何とな
きことども申してなぐさめまゐらせん」と申
せば、土肥の次郎、 「刀をだにも帯したまは
ずは、苦しかるまじ」と申すあひだ、太刀、
刀を預けてげり。政時参りたりければ、三位
の中将これを見たまひて、 「いかに政時か」 、
「さん候ふ」とて、その夜は泊まり、夜もす
八条の女院に木工
土肥の次郎のもとに行っ
以前召し使っておられました
ますが、八条 女院にお仕えして
平氏
都落ちの際
、西国へも中将殿のお供をいたすつも
したが、弓の上下の区別も知りませんので
えはとどまれ』と仰せつかって、西国へはお供
でした。
そのような身ですから、中将殿に会わせていただく
とは
どうして差し支えがありましょうか、差し支えはありま
まい。どうかお許 くださいますよう。夕方に参上して、こ
というこ もないことなどを話して差し上げてお慰め申 上げ
たい」と申し上げたところ、土肥の次郎は、 「刀さえ身 お付
けにならないならば、差し支えはあるまい」と申すので、
政時
は
太刀と刀を預けた。政時が
中将のもとに
参上したところ、三
位の中将はこれを御覧になって、 「なん 政時か」 、 「そうでご
ざいます」と言って、その夜は泊まって、一晩中、昔や今のい
第4講『平家




